今のあなたにピッタリなのは? アーティスト・チョーヒカルさんのために選んだ一冊とは/木村綾子の『あなたに効く本、処方します。』 LEARN 2022.08.24

さまざまな業界で活躍する「働く女性」に寄り添う一冊を処方するこちらの連載。最終回直前! 今回は、ニューヨークを拠点に活動するアーティストのチョーヒカルさんが、一時帰国の合間を縫って、遊びに来てくれました。

今回のゲストは、チョーヒカルさん。

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昨年、アメリカの大学院を卒業。現在もニューヨークでデザイナー業を営む傍ら、新たな作品作りへと励まれています。人の身体にリアルな絵を施した「ボディペイント」が彼女の代名詞! 今年1月には、自身初となるエッセイ本『エイアリアンは黙らない(晶文社)』の刊行も。

モチベーションの根幹にあるもの。

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木村綾子(以下、木村)「はじめまして。今回は、ニューヨークから遥々ありがとうございます。チョーさんのボディペイントのファンだったのでお会いできて嬉しいです」
チョーヒカル(以下、チョー)「いえいえ、こちらこそ、前々からお声がけくださりありがとうございました。私も今日、木村さんとお話しできるのを楽しみにしていました!」
木村「2019年に向こうの大学院に留学されたと伺いました。20代でお仕事も安定し始めていた時期に、大きな決断をされたなと思ったのですが、何かきっかけはあったんですか? 」
チョー「実はその前年にもニューヨークに行っていて、1ヶ月アトリエに住み込んで作品を作り続けるというプログラムに参加していたんです。 その期間中に、ある美術評論家に「君の作ったものはゴミだから、辞めたほうがいい」 って言われた経験がありまして…!」
木村「そんな言い方を!? もしかして、それが留学を決めたきっかけだったんですか?」
チョー「はい。「ふざけんな、この野郎!」と思って、翌年からの留学を決めました(笑)。日本では面と向かって「お前の作ったものはよくない」と言われたことはなかったので」

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木村「少し遡った質問になりますが、絵を描き始めたきっかけは覚えていますか?」
チョー「小さい頃に絵画教室に通っていたのですが、母が言うには、私、一切座っていることができない子どもだったらしいんです。で、絵を描いている時間だけが、唯一大人しく座っていられる時間であったと。きっと「とりあえず描かせておけ~!」って、放り込まれたんだと思います(笑)」
木村「可愛らしいエピソードですね。それからずっと描くことが好きだったんですか?」
チョー「絵を描くのはずっと好きですね。あと、最近思うのは、私の家族が揃いに揃って高学歴なんですけど、ひょっとするとそれも関係していたのかなって。私、勉強があまりできなくて、唯一抜きん出ていたのが絵だったんですよ。今思えば、幼いながらに覚悟を決めて描いていた感じはありますね」
木村「海外に飛び出す原動力になったのが美術評論家からのひと言で、 絵にのめりこんだきっかけのひとつが頭がよくないというコンプレックス。怒りや反骨心、承認欲求みたいなものをエネルギーへと変換していくのが、チョーさん流なのかもしれないですね」
チョー「それはあると思います。基本的に私は、ネガティブなことから “逆張り” していくスタイルです!」

新作の “エイリアン本” に遭遇!

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木村「あ、そんなお話を聞いていたら、ちょうど、チョーさんの新作のコーナーです!」
チョー「ほんとだ! しかもちゃんと “顔” を見せて置いてくれてる! 我ながら可愛い本だなぁ(笑)」
木村「チョーさんにとって初めてのエッセイ本とのことでしたが、書いてみてどうでしたか?」
チョー「この本にはなかなか人に言えないようなエピソードを入れたんですよね。すごく仲のいい友だちに、お酒を飲んだ時にちょっとだけ溢してしまうような、そんなレベルの話を何本も。だから、それを読んだ人が「すごい分かる」みたいなことを伝えてくれると、「この本を通して、世界の端っこで同志に出会えた!」みたいな気持ちになれるんですよ。今回はそれが新鮮で…!」
木村「確かにエッセイは、そういう喜びがありますよね。ダイレクトに書いて、それが届いた時は特に。身近な人たちからの反響はいかがでした?」
チョー「今回は、とにかく知り合いがたくさん読んでくれました。数年前に2週間だけ付き合った男の子からも連絡が来て、「あの時、チョーさんがああいう行動をとった理由が分かった気がすします」って(笑)人に届けるためには、まずは私がどこまでも自分に正直にならないといけないなと思って書いたので、それが良かったのかなって思っています」
木村「書いているとついつい格好をつけてしまったり、「本当はこう思いたかった」っていう方を書いてしまうことって、ありますよね。でもそういう気持ちを戒めて、正直であろうと思い続けること自体が大切なことだと思いますし、文章からもそれが伝わってくる内容でした」

エピソードその1「見た目の呪縛から解き放たれたい」

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木村「個人的には、エッセイの中で「ルッキズム※」について書かれていたところが印章的だったんですが、少しだけ掘り下げて伺ってもいいですか?」
チョー「もちろん。今では大分改善された方ですけどけど、昔は “女である” ことへのコンプレックスとかも凄かったんですよ」
木村「女性であることへのコンプレックスですか?」
チョー「とにかく “可愛い”ものに対しての苦手意識が強くて。幼少期なんてピンクのお洋服を一切着れなかったんですよね。自分がそんな色の服を着たら笑われると思っていたんです。きっと誰も笑わないんですけど」
木村「過剰な自意識で雁字搦めになっていた時期があったんですね」
チョー「私が可愛かったら、きっと絵なんて描いてなかったと思います。うん、佐々木希さんに産まれてたら絶対に描いてないな」
木村「佐々木希さんのことは、エッセイでも書かれていましたね(笑)」
チョー「あの顔がめちゃくちゃタイプなんですよ。だから彼女に対してはすごいコンプレックスがあるんです。勝手にコンプレックスを持たれて迷惑でしょうけど(笑)」
木村「本の中では、ご自身のコンプレックスや過去のことについて、感情を整理した文章で書かれていたので、ひとつひとつ乗り越えて今があるのかなと思っていましたけど、こうやって話してみるとまだまだ根深いものがありそうですね」
チョー「そうですね。ルッキズム問題は、まだ全然乗り越えられてないと思います。見た目の呪縛から解き放たれたいみたいな気持ちは、まだしばらく持ち続けるだろうな」

※ルッキズム:外見に基づく差別や偏見のこと。

処方した本は…『ブスの自信の持ち方(山崎ナオコーラ)』

木村「これは、〈ブスの敵は美人ではなく、ブスを蔑視する人だ〉という書き出しからはじまるエッセイ集です。容姿によって生きづらさが生じるのは、本人の問題ではなく社会の問題だという観点から、性別や差別、理想の社会を考えていくんですね」
チョー「タイトルが最高にいいですね!勇気付けられます。「自分のことをブスとかいうのやめてよ」っていう空気って世の中的にもあるじゃないですか。ネガティブな扱いを受けているにも関わらず、ネガティブな扱いを受けていることすら言っちゃいけない風潮っていうんでしょうか」
木村「まさにまさに。例えば、「ブス」という単語を自分のアイデンティティのひとつとして用いても、寄せられる多くの反応は同情だったというすれ違いから、社会の構図を考えていくエピソードがあります。“ブス”という単語が出てくる文章は作者の劣等感の放出で、だから読者は慰めたり応援したりするのが暗黙のルール。でもそれって、どうなの? と。〈きれいな人ばかりが社会を作ってるわけじゃない〉とか、〈美人と同じように扱われたくない〉などというストレートな言葉も刺さります」
チョー「私もそれ、ちょっとは思うんですけどね。けど、テレビなんかで自分の本当に好きなタイプの顔が出てくると、やっぱり…!本当は「人から何を言われても気にしないし、私は私で、自分の顔が好きです」って言いたいんですけど、明らかに美しいと扱われているものと美しくないと扱われているものの差に、どうしても悲しくなるんです」
木村「この本がチョーさんの抱えるモヤモヤを晴らしてくれたらいいなと思います。ルッキズムを越えて、自分に自信を持つために必要な言葉に出会ってほしいです」

エピソードその2「エイリアンの組織を作っているんです」

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木村「そういえば最近、面白い活動をされていると伺いました。何やらアバターを作っているとか…?」
チョー「『Project Aliens』のことですね。私自身が在日中国人ということもあって、大きいアイデンティティに入れない経験をしてきたので、同じような “隙間” にいる人たちが、自信を持てるプラットフォームを作りたいと思って、エイリアンの組織を作っているんです」
木村「エイリアンの組織ですか! 詳しく聞かせてください」
チョー「人種や民族、国籍、性別。そういうのを関係なく、一緒の団体につくるとしたらどこに統一性を見つけていったらいいだろう? っていうのを私なりに真剣に考えた結果、まぁ、無理だな! という結論にたどり着きまして…」
木村「(笑)。たしかに統一は難しいかもしれませんね。で、どうしたんですか?」
チョー「「全員が違う」っていうことだけが共通観念の団体を作ろうと考えたんです。United Cosmic Organization、略して「UCO」っていうんですが」
木村「えーっと、意味は…。ごめんなさい私英語がからっきしダメで(笑)」
チョー 「“全宇宙連合”です!」

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チョー「参加者には、一度自分の社会的、もしくは見た目上のアイデンティティーを取り除くために、アバターとしてエイリアンを作ってもらいます。人と違うところをふたつ示してもらい、 自分がエイリアンたる所以を表面してもらうんです。普段孤立してしまう原因となることを、エイリアンの性格として挙げてもらうわけですね」
木村「それは結構な自己開示になりますね。孤立してしまう要因を自分の中から探して言語化するっていうのも、新しい!」
チョー「完全に匿名でいいんです。新しい見た目や肌の色なんかを手に入れたことで、普段ネガティブに感じていたところが新しい個性になる。 エイリアンであることを開き直るというか、人と違う部分をカッコよく見せられたり、ちょっとだけでもポジティブに捉えられたりできるといいなと思っています」
木村「人の肌に絵を描いていた人が、今度は 肌の色をあなたが決めなさいっていう活動を始められている。 両極端なことを同時にしているのが面白いですね」
チョー「確かにそうですね。でも自分の中では同じ延長線にあることだと思っていて。 自分の常識を疑うだとか、当たり前だと思ってたことを揺るがすといった、テーマに関しては同じことをやっているつもりでいてるんです」

処方した本は…『生皮(井上荒野)』

木村「ちょっと突拍子もないかもしれないですけど…。ネガティブな要素や体験から目をそらさずに、自分見つめていくという視点から、こんな本を紹介してみたいと思います」
チョー「あ、リトルサンダーさんの絵だ! 今すごい好きで…!」
木村「香港のイラストレーターさんのようですね。これは、セクシャルハラスメントの被害者と加害者、そして第3者という多視点から書かれた作品なんですが、副題に「光景」という言葉があるように、「場」が人に及ぼす影響の恐ろしさを改めて考えさせられるんです」
チョー「バーチャルですがまさに私もいま「場」を作っているので、すごく気になります。確かに環境や人間関係によって、良くも悪くも人って変わったり変われなかったりしますもんね」
木村「そうなんですよね。自分の悪いところが分かっていて、変えたいと思っても、「そんな風に自分を責めないで」とか「そのままで大丈夫だよ」とかって言葉をかけられると、急に赦された気になってしまったり…」
チョー「自分だけを省みてもダメで、場所から受けている影響を見つめ直すのも重要だってことですね」
木村「そうなんです。アバターを作る時に、自分の孤立する理由を見つめるところから始める、というお話にも通ずるような気がして、この本を紹介させていただきました」

エピソードその3「脳みそをたくさん使える感じがいい!」

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木村「ところでチョーさんは、絵を描くこと以外にお好きなことってあるんですか?」
チョー「ゲームが好きです。シューティング系が好きなので、「FPS」 とか結構やりますね」
木村「あ、撃つやつのこと…?」
チョー「はい(笑)ビデオゲームのほかにも、ボードゲームや「リアル脱出ゲーム」なんかも好きですよ」
木村「それって、実際に自分が参加するやつですよね?たしか下北沢の〈B&B〉の近くにもありました」
チョー「それですそれです! あそこ結構いいんですよ。この前も行きました。部屋に閉じ込められてクイズを解きながらクルーを探して脱出する」
木村「ゲームはどうしてそんなに好きなんですか?」
チョー「う~ん、脳みそをたくさん使える感じがいいんですよね。自分の脳のキャパをフルに使う感じが楽しくてボードゲームもそういう理由で好きですね」

処方した本は…『N(道尾秀介)』

木村「ゲーム感覚で読める本があるんですよ。全部で6章から成るこの本は、なんと、どの章から読み始めても成立するというミステリー小説なんです」
チョー「えーすごい! 反転してるページもありますね」
木村「繋がってるとついついその順番のまま、読み進めてしまうじゃないですか。物理的に読めなくさせてるんですよね。6×5×4×3×2×1…の720通りの読み方ができる本です」
チョー「一編の小説を完成させるだけでも緻密な構想が必要なのに、一体どれだけの時間をかけたんだろうっていうのが気になっちゃいます」
木村「私も実際に、何通りかの方法で読んでみたんですけど、それぞれが全然違う読み応えで驚きました。登場人物はもちろん一緒だから、この人がこのタイミングで出てくるとこういう話になるんだ! とか、さっきの読み方だと、この人がこういう行動を取った理由をもう知っていたけど、この読み方だとまだ明らかになっていないな! とか…!」
チョー「たしかに、RPG みたいですね。ここがこう効いて、こうなってるんだ! みたいなものに興奮すると言いますか。うん、こういう既成概念を変える、みたいな作品は大好物です」
木村「著者の道尾さんは「ページをめくるという時間軸でしか物語が進まないなんてつまらない。小説にももっと可能性があるはずだ」という思いから、読む順番で物語が変わる、つまり一冊の中で時間軸がぐちゃぐちゃにしたこの本を生み出しました。ちなみに新作ではQRコードなんかも多用して、小説の中に流れている音楽を実際に聴けたりもするんですよ」
チョー「木村さん、私、“テクい” 物がすごい好きなんですよ。あと、聞いてください。私、大学院の修士論文を一冊の本にまとめたんですけど、回さないと読めない本を作ったんです!既成概念をテーマに書き進めた論文だったので、普通じゃ読めないようにしようと思って」
木村「え、発想がそっくりじゃないですか。読めない本って最高ですね」
チョー「いつか道尾さんと、何らかのカタチでコラボしたいです」

対談を終えて。

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対談後、『ブスの自信の持ち方』と『N』を購入してくれたチョーさん。「ルッキズムや自分の見た目との付き合い方について、深く共感できて救われるところもあれば、まったく新しい視点もあって、本当に身になる一冊でした」と話してくれました。思わず二度見してしまう、チョーさんの作品情報はこちらから。9月2日(金)には、新作の絵本『なにになれちゃう?(白泉社)』も発売予定です!

Instagram(hikaru_cho)
www.hikarucho.com

photo:Hiromi Kurokawa 撮影協力:二子玉川 蔦屋家電

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