今のあなたにピッタリなのは? イラストレーター・たなかみさきさんのために選んだ一冊とは/木村綾子の『あなたに効く本、処方します。』 LEARN 2022.07.13

さまざまな業界で活躍する「働く女性」に寄り添う一冊を処方するこちらの連載。9月に連載が終了することが決まり、「残り3回、会いたい人に会うぞ!」という意気込みの中、快くオファーを受けてくれたのは、イラストレーターのたなかみさきさん。哀愁溢れるタッチやちょっとエッチな作品を生み出す彼女の “人柄” へと迫りました。

今回のゲストは、たなかみさきさん。

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男女の日常的なやり取りを切り取ったイラストが人気。ホラー漫画やSFエロ漫画(!?)など、“毒っ気” のあるものをこよなく愛し、それらが作品の中で独特な色気を漂わせている。著書に『あーんスケベスケベスケベ!!(パルコ出版)』。

まずは気になる、今の たなかみさき が出来るまで。

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木村綾子(以下、木村)「はじめまして。今回は急なお声がけだったにも関わらず、お越しいただきありがとうございます。たなかさんのイラストの大ファンだったので、お会いできて嬉しいです」
たなかみさき(以下、たなか)「こちらこそ。私も Zipper の読者だったので、木村さんのお名前を見たときはハッとしました。あと、今までの記事を覗いたら、友だちがいっぱい出ていたので、ついに私の番がまわって来たか! という感じで(笑)」
木村「今年30歳を迎えるたなかさんですが、「たなかみさき」っていう名前を見るだけで、あのタッチが浮かぶくらい、ご自身の世界観を確立されているのは本当にすごいなと思います。今のテイストにたどりつくまでには、どういったイラストを描かれてきたんですか? 」
たなか「ずっと「人」を描き続けて入るのですが、伊藤潤二さんや丸尾末広さんの描くホラー漫画が好きだったので、影響を受けていた時期はあると思います。昔から “毒っ気” のある、ちょっとグロテスクな感じのものが大好きで…!」
木村「“毒っ気” という点では、確かに今の作品からも、そういったエッセンスは感じ取れる気がします」
たなか「自分の中での “悪い” 部分は、できるだけ隠さないようにしようと思っているんです。 物事を斜め上から見ている “もうひとりの自分” みたいなのは、いつも大切にしていますね」
木村「たなかさんのイラストがお仕事に繋がり、世の中に受け入れられるまでのお話もお伺いしたいです。何か分かりやすいきっかけみたいなものってあったんですか?」

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たなか「いえ、私、コンテストで賞を取ったり、ひとつの作品で注目をされたりって経験はないんですよ。ただ、Instagram にイラストをアップし始めたのは結構早い方だったと思います。 私の思い上がりかもしれないですけど、SNSで作品を知ってもらうってことをしていたのは、当時あまりいなかったような気がしていて」
木村「Instagram をポートフォリオとして活用し始めた最初の世代だったんですね。お仕事の依頼も Instagram を経由して来たんですか?」
たなか「そうなんです。DMで直接依頼をいただいて、お店に飾るちょっとしたアート作品や、結婚式のウェディングボードなんかは、よく描かせてもらっていましたね」
木村「「こんな絵を描きたい」や「こんな仕事をしてみたい」みたいな野望はあったんですか?」
たなか「学生の頃から「ファッション誌の挿絵を描くんだ」って思いはひとつの目標としてありました。卒業後に、表参道の美容室で初めての個展をやったんですが、そこで美術系以外の人にも広く知ってもらえたなっていう感覚があったんです。今思えば、その業界に近しい人に私の存在を知ってもらいたいという考えはあったのかもしれませんね」

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木村「軸には、“黒い部分を隠さない” みたいな信念を持ちながら、虎視眈々と自分の目標に向かって歩み続けてきた感じ。なんだか、たなかさんが若くして地に足ついている感じが伝わってきました。お話の仕方も佇まいも、とても落ち着いている印象を受けるのですが、「このお仕事の話が来たときは、内心、ブチ上がった!」みたいな経験って、たなかさんにもありますか?」
たなか「松本隆さんのトリビュートアルバムのお話をいただいたときは嬉しかったですね。限定版についてくる冊子に8ページの漫画を寄稿させていただいたんですが。…はい、嬉しかったです!」
木村「急にすごいお名前が出ましたね!松本隆さんは、たしかに上がる。完成した後は、何度も見返したりしましたか?」
たなか「いえ、実は私、そういうのが全然ないんですよ。自分でも現実主義なんだろうなって思います。いつも目標が大きくないからなのか、目先の目標が叶っても全然満足ができなくて。さっきお話ししたファッション誌の挿絵だって、後にそれが叶うことになるのですが、自分でも驚くくらいにさっぱりとしていました」
木村「夢が叶った! って感じにまではならなかったんですね」
たなか「そうなんです。嬉しいんですけど、想像してたのとはちょっと違うなって。私、てっきり「色校」を抱いて眠るんじゃないかと思ってたんですけど、 全然、抱いては眠らなかったですね(笑)」

エピソードその1「書き手の本性が垣間見えた時、人はドキッとするのでは?」

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木村「私、たなかさんのイラストのタッチはもちろん、“切り口” が結構好きで。吹き出しなんかを読むたび、目の付けどころがすごいなと感激させられています」
たなか「嬉しいです。イラストを描く時は、できるだけ日常的な描写を切り取ろうと心がけています。“使い捨てのティッシュ” みたいな生活感を大切にしていて」
木村「たなかさんらしい例えですね。フィクションとノンフィクションの折り合いを大切にされているんだろうなとも感じたのですが、いかがですか?」
たなか「妄想を描いているつもりはあまりなくて、あくまでも現実的なところに自分の身を置きながら、創作している感じはありますね。だからこそ、それに気づけるし、見た人にも伝わるのかなって。ただ、イラストの中に、ちょっとした違和感みたいなものは組み込むように意識しています。「このふたりの関係ってどういうこと?」みたいな!」
木村「普段、たなかさんの絵を見た人からは、どんな反応をいただくことが多いですか?」
たなか「う~ん、「グッときました」や「キュンとしました」が多いでしょうか。ほんと、表現の仕方って色々ありますよね」
木村「私も、“エモい” や “しびれる” といった言葉を耳にする時、この人はなんでその言葉を選んだんだろ? っていうのはいつも不思議に思うんです。たなかさん的には、たなかさんの絵が “グッとくる” 理由ってどこにあると思います?」
たなか「自分では、「個人」が出てるからなのかな? って思っています。「あ、井の頭線だ、この景色は!」のように、描き手の本性がふと垣間見えた時、人はドキッとするのではないでしょうか」

処方した本は…『柴犬二匹でサイクロン(大前粟生)』

木村「書き手の顔がふと垣間見えたときのドキッと感でいうと、短歌はいかがでしょう?これは大前さんの第一歌集なんですが、言葉の使い方がとにかく面白いんです」
たなか「あ! 私、この本知ってます!」
木村「え!もしかして、もう読んでましたか!?」
たなか「いえ、先日、同居人が〈書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)〉の方に本をいただいて、それがこれだったんです!」
木村「すごい偶然(笑)。大前さんは基本的に小説を書いて生活をしているんですが、短歌をはじめたきっかけを、“自分の身体を取り戻すため”と明かしています。小説を書き続けていると、まるで自分がなくなっていくような、“言葉を吹き抜けさせるための器”になっていくような感覚を覚えて不安になるから、と。だからこの歌集には、身体にまつわる歌がすごく多いんです」
たなか「〈体内に残留する人人の声心臓の紐ぶん回して編む曲〉とか、すごいですね!」
木村「〈俺という俺という俺という距離の病を俯瞰する病〉とかも、いいですよね〜。あと、俳句は五・七・五の風景を切り取りますけど、短歌はプラスの七・七の感情の威力がすごいから、いきなり書き手の方にぎゅっと引き寄せてくると言うか、書き手のプライベートが垣間見える瞬間があるんですよね」
たなか「それ、分かります。特に短歌は、最後の七・七のところが私は好きで、なんか、すごい勢いで振り返られた! みたいな感覚ってあるじゃないですか。あの破壊力、好きです。この本は、“歌” っていうだけあって、スナック菓子のようにポリポリ読める感じがいいですね。私は、長文でも歯切れの良い文章が好きなので」

処方した本は…『掃除機のための手引書(ルシア・ベルリン)』

木村「あともう一冊、歯切れの良いタンタンと進む感じや作者がニョキっと顔を出す感じ。あとは引きつけておいてバサっと突っぱねる感じを兼ね備えた最高な作家さんがいるので、そちらも一緒にご紹介させていください」
たなか「表紙の方が作家さんですか? 良い写真ですね」
木村「この本は、彼女が亡くなって十数年が経ってから、翻訳家の岸本佐知子さんが見出して日本で最初に邦訳された短編集なんです。さっき、たなかさんとは肩書きのお話で盛り上がりましたけど、まずは冒頭のプロフィールに圧倒されると思います」
たなか「〈3回の結婚と離婚を経て、4人の子供をシングルマザーとして〜〜〉。確かにすごい…!」
木村「創作以上に生活の労苦が大きかったから、寡作な方ではあるんです。でも、激動の人生をもとに紡がれた作品は、物凄い生のエネルギーを放っていて。どの短編も書き出しのきっぷの良さと、ぐっとのめり込ませておいて鋭角からパンチしてくるみたいな書きぶりがとにかくかっこいいんですよ。「作り手の顔が見えた瞬間に、ドキッとする」というたなかさんには、打って付けの一冊です」
たなか「どこまで本当のことが書かれているんだろうって感覚は、絵でも本でも好きですね。さっきの「書き手の本性」のお話と被りますが、やっぱり私は、どの職業もその人の素の部分が見えないと惹かれない。作家も役者もミュージシャンも、身を削って活動している人が好きなんだと思います」

エピソードその2「カラオケの本を作りたい!」

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木村「たなかさんは、「自由に何でも作っていいですよ」って言われたら、いま何を作りたいですか?」
たなか「う〜ん、カラオケの本を作りたいなって思いはありますね」
木村「カラオケの、本ですか!?」
たなか「私、歌うのがめちゃくちゃ好きなんですよ。シンガーソングライターの吉澤嘉代子さんと一緒に一曲出しちゃったくらい、それくらい好きで。だから、その本の中ではカラオケ好きの同志たちを集めて、「カラオケアベンジャーズ」みたいなのを結成したいですね」
木村「たなかさん、CDデビューもしていたんですね(笑)。それは写真と文章があって、挿絵としてたなかさんのイラストが入ってくる構成??」
たなか「はい。あと、付録でCDとかも付けられるといいですよね」
木村「(笑)。それはもう、カラオケver.で収録していただきたい…!」
たなか「歳を重ねるごとに、これが好きなんです!っていうのを堂々と言えるようになってきたんですよね。以前は、好きなことを好きって言うのにためらいみたいなものがあって、それって経験が浅いから、この好きがずっと続くかどうか確信が持てない感じだったんですけど。だから、そ自分の好きなことに本気になれる遊びを、今はしたいですね」

処方した本は…『これは、アレだな(高橋源一郎)』

木村「たなかさんの枠にとらわれない自由な発想を聞いていて、最後に紹介したくなったのがこちらです。この本を通して高橋さんが伝えてくれるのは、「自分は時代の最先端にいて、常に新しいものに囲まれて生きてるんだ」っていう感覚を疑いなさいということ。あとは、世の中をアレかコレかに分けるのではなく、自分なりにそのふたつをつなげる回路を見つけた方が人生は面白いですよっていうことをコラムの中で実践してくれています」
たなか「凄い、私がうっすらと興味があるアンテナの内側にいた作家さんが 続々と出てきます。おっ!てなりました (笑)」
木村「新しいものと古いものを繋ぐってことを、高橋さんなりの思考回路で見せてくれるんですよね。何と何を繋ぐかってのも面白いんですけど、この人の思考回路はどう働いているのかっていうのも興味深くて」
たなか「『滝沢カレンは、谷崎潤一郎だった』、これ、気になります!」
木村「『カレンの台所』っていうレシピ本があって、そこには滝沢カレンさんの独特の言語感覚がぎゅっと詰まっているんですよね。タイトルにもありますが、世の中はコレかアレかじゃないんだよ。コレもアレもあって、正解なんてものはないんだよっていうのが一冊を通して語られています」
たなか「私、「良し悪し」であったり、白黒はっきりつける人が少し苦手なので、こういうポジティブな姿勢は本当に素敵だなと思います」
木村「読んでるだけでも思考の訓練にもなりますし、今の時代をどう見つめるかみたいなヒントにもなると思います。カラオケ本の出版に向けて、何か役立つ考え方が見つかるかも…!」

対談を終えて。

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対談後、『掃除機のための手引書』と『これは、アレだな』を購入してくれたたなかさん。「頭の端っこの部分で気になっていたような作家だったり本だったりが出てきて、記憶の奥底をこじ開けられたような気持ちになりました」と話してくれました。たなかさんのInstagram、彼女の人柄を知ってから覗いてみると、きっと新たな発見がありますよ〜!

Instagram(misakinodon)

photo:Hiromi Kurokawa 撮影協力:二子玉川 蔦屋家電

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