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2022.03.16

第32回 今のあなたにピッタリなのは? 田中シェンさんのために選んだ一冊とは/木村綾子の『あなたに効く本、処方します。』

さまざまな業界で活躍する「働く女性」に寄り添う一冊を処方するこちらの連載。今回のゲストは、モデルや俳優、イラストレーターなど、さまざまな顔を持つ田中シェンさん。表情豊か & ジェスチャー大きめ な彼女に連られて、いつもに増して楽しげな回となりました。

今回のゲストは、田中シェンさん。

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モデル、イラストレーター、俳優などの肩書きを行き来するマルチプレイヤー。聞けば、アパレル企業にデザイナーとして就職していた期間もあるのだとか。現在は、憧れだった “ビデオディレクター” としての活動をスタートすべく、カメラやスタンドなどの機材を揃える日々♪

まずは、シェンさんの生まれや育ちについて。

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田中シェン(以下、シェン)「木村さん、実は私『Zipper』の頃すごく見ていました…!」
木村綾子(以下、木村)「え、そんな頃から知ってくれていたんですか! もう20年近く前のことですよ。シェンさん生まれてなかったんじゃないかってくらい昔(笑)」
シェン「いやいや、全然生まれていましたよ(笑)。なんて言うか、“絶対的な存在” だったじゃないですか。お名前を見た瞬間に、あ!って思って」
木村「嬉しいなぁ・・。でも、今日は私がシェンさんを知る番です!…シェンさんは、14歳の頃にアメリカに渡ったと伺いました。その頃から英語はペラペラだったんですか?」
シェン「いえ、それが本当に喋れなくて。私の武器は「This is a pen.」だけでした。そんな状態で白人ばかりの現地校に放り込まれたものだから、それはそれは大変で…!」
木村「まさにペン一本勝負(笑)。言語もそうですが、初めての海外で過ごす思春期には、カルチャーショックになる出来事も多かったと思います」

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シェン「向こうでの歴史の授業は正直ビックリしましたね。当たり前ですけど、“目線” がまるで違うじゃないですか。「真珠湾攻撃」みたいな、センシティブなテーマの時はなおさら…!」
木村「そうか。攻めた国の人、になるから」
シェン「日本だと「1941年、日本とアメリカが真珠湾沖で〜」っていうのを覚えて、テストで答えたら終わりですけど、向こうの授業って、ディベートが中心なんですよね。もうね、“1対100” な訳ですよ。後にも先にもあんなに冷や汗をかいた瞬間はないと思います」
木村「幼いながらに、国を背負って戦っていた訳ですね。なんだか、泣けてきます」
シェン「けど、おかげで「情に訴える」という日本人らしい手法も手に入れました。「私たち、同じ人間でしょう?」みたいな。まあ、結局は負けるんですけどね(笑)」
木村「さっきから気になっていたシェンさんの独特な言語感覚であったり、内から溢れ出るハッピーな感じは、そういう荒波に揉まれて培われたものだったんですね。育った環境やバックグラウンドのせいか、シェンさんのお話は言葉の重みが違うなと思って感心しています」

エピソードその1「“私” について考えてみた」

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シェン「私、木村さんに会ったら、相談したいなと思っていたことがあるんですけど、いいですか?」
木村「もちろんです!どんどん来てください!」
シェン「さっき「言葉の重みが」って言ってくださったのが嬉しかったんですが、一方で、自分では、人の意見に流されやすいなとも思っているんです。仕事柄、たくさんの方からアドバイスをいただく機会が多いんですけど、その精査の仕方が難しくて。自分に近しい人の意見ばかりを聞いていても違うなと思うし、だからといって、魅力の分からない人の意見を取り入れる余裕もないじゃないですか。木村さんは、人からのアドバイスをどうやって選び取って来ましたか?」
木村「モデルのお仕事って、行く先々が一期一会ですし、カメラマンや編集者、ブランドの担当者に「いい!」と思ってもらえないと、次が来ない世界ですもんね。私も20代までは表に立つ仕事をメインでしてきたから、シェンさんの葛藤がすごく分かります。そう考えると30代は、「私という個」からどんどん解放されていった10年でした」
シェン「それは、ひょっとして、“いい意味で” ですか!?」
木村「はい。しかもそれはある本との出合いがきっかけだったんです」

処方した本は…『私とは何か 「個人」から「分人」へ(平野啓一郎)』

講談社出版/2012年初版刊行
講談社出版/2012年初版刊行
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講談社出版/2012年初版刊行
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木村「「分人」という考え方を、シェンさんは聞いたことありますか?」
シェン「はじめて聞きました。「個人」から「分人」へって、どういうことですか?」
木村「人を分ける最小単位である「個人」の下に、さらに小さな単位「分人」をつくることによって、ひとりの人間を「分けられる」存在と見なす考え方です。つまり、たった一つの「本当の自分」なんて存在せず、対人関係ごとに見せる複数の顔が、すべて「本当の自分」である、と」
シェン「すごい!いまの説明で、霧がさーっと晴れていく音が聞こえました!笑」
木村「私も「分人主義」に救われたひとりです。Aさんに見せる“私”とBさんに見せる“私”が、あるいはCさんが思う“私”とDさんが思う“私”が、ぜんぶ違っても別にいいんだ! と思えるようになったら、ときには否定的な意見さえ興味深く受け取れるようになったんです。だってそれは、私の知らなかった「分人」だから」
シェン「自分から解放されることで、自分が増えていく。それって自分が豊かになっていくことでもありますよね」

エピソードその2「心とか感情、身体のお話」

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シェン「お話めちゃくちゃおもしろくて興奮してきました!笑 その勢いでもうひとつ聞いちゃいますが、木村さんは、私たちの身体に心は存在するって思いますか?」
木村「ドキっとする質問ですね。うーん。感情をひとくくりに「心」とするなら存在すると思いますが、「身体」のどこに位置するか、みたいなことを問われたら、指をさすことはたしかに難しいですよね」
シェン「私は最近、心は “危機察知能力” なんじゃないかと思うようになって。人の感情って、どうやら無意識な “反射” から生まれるものらしいんですよ。記憶は筋肉が覚えているもので、これは論文でも証明されている科学的なことなんだとか…!」
木村「“危機察知能力”!おもしろい切り口ですね。それは、どなたかが教えてくれたんですか?」
シェン「演技の指導をしてくれる韓国の先生がいるんですけど、最近、彼女のお話を聞くのが大好きで。彼女は「一度経験したことは、筋肉が “刺激” として覚えている。だから、それを利用するのが役者なんだ」って言うんです」
木村「すごい、科学と哲学が行ったり来たりしてる(笑)」
シェン「しかも彼女は、「感情」って言葉を使わずに、すべて「状態」って言うんですよね。「感情を考えるな、身体の状態を考えなさい。そしたらあとは筋肉が勝手に動いてくれるから」って。はじめは私もびっくりしたけど、最近は「ああ、なるほどな」って」
木村「人に何かを説明する時に、自然と身振り手振りが大きくなってしまったり、緊張するとギュッと食いしばってしまったりするのも、ひょっとすると同じような原理なのかもしれませんね」

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シェン「私、それまで、心は当たり前にあると思っていたんですけど、ああ、全部身体なんだなって思うようになったんです。気持ちが高ぶったときに胸の辺りがうずいてるような感じもするけど、それもきっと、脈拍が高くなっているだけで」
木村「私たちの身体って実はすごく単純な ”機械” なのかもしれないですね」
シェン「私もそう思うんです。例えば、トボトボと下を向いて歩き続けると、すぐにどんよりとした気持ちになっていって、実際にネガティブな思考になってくるんですって。よかったら試してみてください。あまりおすすめはしないですけど(笑)」
木村「確かに、楽しいことは思い浮かばなそうですね」
シェン「逆に、元気になる方法っていったら、これに尽きます。上を向きながら「死にたい!」って叫んだって、きっと本当に死にたいとは思えないはずですよ」
木村「ほんとだ、叫んでみても笑えてきちゃう…!笑」
シェン「だから私、本当はもっとデジタルに触れてる時間を減らしたいなとも思っているんです。自然に目を向けたい。“インスタ中毒” なので(笑)デジタルに触れすぎると、どんどんと五感が鈍っていくんですって」

処方した本は…『雨の島(呉明益)』

河出書房新社出版/2021年10月初版刊行
河出書房新社出版/2021年10月初版刊行
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河出書房新社出版/2021年10月初版刊行
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木村「「記憶」「デジタル」「自然」といったキーワードからオススメしたいのが、こちら。自然環境と人間の対話や交流、共生をテーマに、ノンフィクションとフィクションを見事に融合させた短編集です。収録されている6編は単独でも楽しめるんですが、長編としても楽しめる仕掛けがあって。その鍵のひとつに、“クラウドの裂け目”という架空のコンピューターウイルスがあるんです。クラウドの情報から人の記憶にアクセスすることができる世界で、さぁ、人はどう行動するか」
シェン「ちょうど私、『ブラック・ミラー』という海外ドラマにハマっていて、怖いなぁと思いながら観ていたところなんです。近い将来現れるテクノロジーが、トラブルを引き起こすのですが、それがかなりダークに描かれていて」
木村「シェンさんの記憶とシンクロしましたね。しかもこの作品は、人の感情の揺れとともに描かれる自然の描写が素晴らしく、挿絵のイラストも想像力をさらに掻き立ててくれるんです」
シェン「あ、このイラスト、著者が描かれているんですね!」
木村「素敵ですよね。そして最初に話したように、じっくり読んでいくと、各編に響き合っているものがじわじわと感じ取れてくると思います。こういう物語を、それこそ五感を使って時間をかけて読むことが、デジタルデトックスにもなると思いますよ」

エピソードその3「言語のこと、国民性のこと」

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木村「最後は、言葉や国柄についてお聞きしてみたいなと思います。シェンさんは現在、日本語のほかに英語と中国語が話せるトリリンガルとのことですが、言語から国民性みたいなものは感じとれたりするものですか?」
シェン「日本語って言葉が豊かじゃないですか。英語と比べて、同じような意味を持たせた言葉がいくつかある。それゆえ「空気を読む」みたいな文化が発達したのかなっていう気はします」
木村「間(ま)を空けたり、行間に含みを持たせたりすることが、良しとされている風習ってありますもんね」
シェン「役者として台本を読む時は、「この言葉の真意は…」と考え、突き詰めないといけないのでとても苦労してます」
木村「なるほど、幼少期をアメリカで過ごしたシェンさんにとっては、そこが引っかかる訳ですね」
シェン「思っていることと裏腹なことを喋っているからこそ、感動するセリフって生まれるのかなって。でね、私、お芝居の仕事を始めてから、もともと生まれながらに持っているようなものなんてほとんどないとも思うようになったんです。ほら、アメリカでの話とも被りますけど、与えられた環境や教育が異なると、結局、全部違ってくるじゃないですか」
木村「たしかに。シェンさんは、本当にいろんなところから何かを吸収して、自分のものにしていきますね」
シェン「幼い頃は、人と関わるのがあまり好きではなかったんですけど、最近では「その価値観って何?教えて!」ってスタイルになりました。どうしたら “あなたみたいな人” が出来上がるのか気になるし、なんて言うか、その人のレシピが知りたい。「何があなたのこだわりなの?」って聞いて、「あ、そこを見てるんだ!私には無い発想だ!」ってなったら最高ですよね」

処方した本は…『東京の生活史(岸政彦)』

筑摩書房出版/2021年9月初版刊行
筑摩書房出版/2021年9月初版刊行
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筑摩書房出版/2021年9月初版刊行
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木村「レシピが知りたいと言うのなら、最後に打ってつけの一冊を。社会学者の岸政彦さんは、都市や生活史をメインに研究されている方なんですが、岸さんが編集された『東京の生活史』には、150人が語り、150人が聞いた東京の人生がインタビュー形式でまとめられています。まさに東京を生きる人のレシピ集と言ってもいい。それに見てください、この厚さ…!」
シェン「すごい、これは、もはや辞書ですね。150人分の東京を集めたら、この厚みになるのかという迫力ですね。ぜんぶドラマにできそう」
木村「たとえば同じ日に同じ場所で同じ経験をしたとしても、人によって語る言葉は変わるわけですから。それこそ、そのとき心が、じゃなくて筋肉がどう動いたかも違うんですよね。役作りとかにも役立ちそうですね」
シェン「タイトルを眺めているだけですでに面白いですね。どれもすごく強い言葉です。…木村さん、これ見てください。〈英語のアイデンティティーがそれこそ大きすぎて〉ってこれ、まさに私じゃないですか(笑)」
木村「すごい偶然!(笑)いまのように占い感覚で開いたページに、役作りのヒントになるような人の生きざまが記されているかもしれませんね」

対談を終えて。

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対談後、3冊すべてを購入してくれたシェンさん。「綾子さんに処方された本は、綾子さんの優しさも含まれているようで、どれも宝物になりそうです」と話してくれました。映画のワンシーンの様な写真や動画で溢れたInstagramはこちらから。ビデオディレクターとしての作品の公開も楽しみです!

Instagram(shen_tanaka)

撮影協力:〈二子玉川 蔦屋家電〉

木村綾子
木村綾子 / 文筆業・企画

COTOGOTOBOOKS(コトゴトブックス)という本屋をはじめました。作者と読者のつながる場所を提案していきます。  」

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