今のあなたにピッタリなのは? 詩人・若尾真実さんのために選んだ一冊とは/木村綾子の『あなたに効く本、処方します。』 LEARN 2021.12.15

さまざまな業界で活躍する「働く女性」に、今のその人に寄り添う一冊を処方していくこちらの連載。今回のゲストは、編集者、コピーライター、そして詩人の肩書きを持つ若尾真実さん。フリーランスとしてのびのびと働く彼女に、詩との出合いやこれまでのキャリアのこと、今後の展望についてを伺いました。途中、彼女にとっての原点となった大切な作品に遭遇する一幕も。

今回のゲストは、詩人の若尾真実さん。

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元は、担当編集のお友だち。「お店、友人、イベント。どれをとってもセンスがいい。私にとってのインフルエンサーです!」という熱い推薦を受け、会ってみたくなったのが、今回お招きした経緯。この春、独立から1年のタイミングで、写真詩集『汽水(きすい)』を出版されています。

詩との出合いと詩人への憧れ、ちょっとした絶望も。

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木村綾子(以下、木村)「若尾さんは今、フリーランスとして活動されていると伺いました。きっといろいろな顔を持たれているとは思うのですが、肩書きは何と名乗られているんですか?」
若尾真実(以下、若尾)「「編集者」であったり、「コピーライター」であったり。最近では「詩人」としての活動も始めました。この春に、写真家の友人と共に写真詩集を出版したんです」
木村「『汽水』ですよね。私も読ませていただきました。せっかくなのでまずは、詩についてのお話から伺いたいです。…昔から詩がお好きだったんですか?」
若尾「はい。小学校4年生の国語の教科書に、まど・みちおさんの詩が載っていたんです。「なんて少ない言葉で、宇宙の真理を説いているんだろう」って感動したのがきっかけで」
木村「子どもの頃から豊かな感性をお持ちだったんですね。その感動が、「詩人になりたい!」に直結していったんですか?」
若尾「そうですね。でも、町の図書館にも学校の図書館にも、本は山ほどある中で詩集はたった棚1段ほど、詩人も両手で数えられるくらい。このうちの一人になるなんて到底無理…なんて最初から半ば諦めていました」

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木村「なるほど。小学生ながらに、プチ絶望みたいなものを味わったわけですね。それでも抑えきれない詩への情熱、みたいなものはどう発露していったんですか?」
若尾「中学生くらいまでは、まど・みちおさんの真似をして、日記のような感じで書いていました。宿題でもないのに書いた詩を国語の先生に読んでもらったりして、時には、“はなまる” をつけてもらったりしながら」
木村「わ、いい話!」
若尾「今思えば、本当に変な生徒だったと思います。先生もよく相手をしてくれたなって」
木村「小説はページをめくるごとに時間が流れていく感じがありますけど、詩って、時間を止めてページの奥に深く入っていく印象があります。その時間を一緒に過ごしてくれる人が身近にいたのは幸福な環境でしたね」
若尾「本当にそう思います。あとは、母も昔から応援してくれていて。身近な人が、才能を信じてくれたおかげで、今の自分があるのかもしれません。ちなみに、さっきの国語の先生に見てもらっていたノートは、今でも大切に持っていて、時々見返したりしています」
木村「めちゃくちゃいい話!」

エピソードその1「死ぬ前に本の1冊は作っておきたい」

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木村「私にとって、『汽水』との出会いも印象的でした。ある日、この連載の担当編集からLINEがきて、「突然ですが綾子さんにプレゼントしたいものがありまして、今ご自宅の郵便受けに入れておきました!」って。それで封を開けてみたら『汽水』が入っていて、編集者の推しページには付箋まで貼られていて…(笑)。人の心が動いた軌跡ごと本を受け取るという貴重な体験をしたんです」
若尾「ありがとうございます!そんな風に出会っていただけたなんて、この本は幸せものです」
木村「若尾さんにとっての初めての作品、いわゆる名刺代わりになる一冊は、なぜこういう形になったんですか?」
若尾「自粛期間で毎日家で過ごしていたある朝、ふと、シンプルに自分が心からやらなきゃと思ったんです。「死ぬ前に本の1冊は作っておきたい」って(笑)」
木村「言葉と写真が呼応するような構成になっていて、生活にすーっと馴染んでいく印象を受けました」

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若尾「それは嬉しい感想です。普段、詩を読まない人にも、自然と詩に触れる機会をつくれないだろうか、というのは以前からずっと考えていました。言葉が挟まっている写真集くらいの温度感で、手に取りやすくて、ずっと家に置いておきたくなるような本をつくれたらいいなと思って、友人の写真家・田野英知くんに声をかけました」
木村「装丁も素敵ですよね。手にした瞬間、これは棚差ししておくのはもったいない!って、飾る場所を探して家の中をウロウロしました(笑)」
若尾「まさに、眺めたくなるような本を目指して、同世代の装丁家・古本実加さんに装丁をデザインしていただきました。部屋のインテリアにしたり、目が合ったときにパッと開いたところを眺めたり。それぞれ自由に受け取ってもらえたら嬉しいです」

処方した本は…『カキフライが無いなら来なかった(せきしろ・又吉直樹)』

木村「景色のように言葉を眺める時間を楽しめるのが詩だとするなら、景色を切り取る文学として、俳句がありますよね。とりわけ自由なのが、名の通り「自由律俳句」。この本は、せきしろさんと又吉直樹さんの共著で、ふたりの自由律俳句にエッセイが添えられているという構成です」
若尾「せきしろさんという方は、何をされている方なんですか?」
木村「エッセイも書くし、小説も書くし、脚本やコントだって書いちゃう。もともとは「文筆家」と名乗っていたんですが、たしか数年前に肩書きをやめられたんです」
若尾「肩書きをやめた、って素敵ですね。私もそういう生き方を目指したい。…自由律俳句っていうのは、どんな俳句なんですか?」
木村「五・七・五の定形にも縛られず、季語を入れなくてもOK。何でもありの自由演技だからこそ、長さやリズム、何をどう切り取るかのセンスが問われます」
若尾「〈喧嘩しながら二人乗りしている〉とか、〈まだ眠れる可能性を探している朝〉とか、ふと目にしたものやぼんやり思っていることを言葉にすることで、こんなにも景色が鮮やかに色づくから不思議ですね。自由律俳句、作ってみようかな」
木村「〈手羽先をそこまでしか食べないのか〉とか、〈よく解らないが取り敢えず笑っている状態〉とか、飲み会に居合わせた無口な男性像が浮かびますよね(笑)。…ちなみにこの句集は、又吉さんがピースでブレイクする直前の29歳、初の著作として出版した本なんです。今の若尾さんと同じ年のときに、又吉さんがどんな感性を持たれていたかにも触れられると思いますよ」

エピソードその2「小説を読まなくなってしまいました」

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木村「次は若尾さんのお仕事について、お聞きしてみたいです。昨年、独立をされるまでは、どういったキャリアを歩んでこられましたか?」
若尾「大学卒業後は、PR会社に入社しました。詩のような短い言葉から本質を考える仕事がしたいと考えた時に、広告や広報の仕事が近いんじゃないかと思ったんです」
木村「具体的にはどんなお仕事をされていたんですか?」
若尾「PR会社では、幅広い業界の企業の広報をお手伝いしていました。その後、ファッション系のスタートアップ企業で、5年くらいオウンドメディアやブランディングなどに携わっていました」
木村「なるほど。「詩人」として立つ前に、仕事として誰かの想いを言葉にするPRを経験されていた訳ですね。さっきからすごくバランスが取れた方だなという印象を受けていたのですが、このためだったのかと府に落ちました」
若尾「ありがとうございます。嬉しいです」
木村「ところで、小学生の頃に詩と出会い、言葉に惹かれた後は、やはり本や詩集がずっと身近にあったのでしょうか?『汽水』に出てくるような言葉の感覚は、どうやって育まれてきたものなのかが気になりました 」
若尾「中学生の頃までは、図書館に毎週通っていました。ミステリーやファンタジーなどの小説が好きで。でも、大人になるに連れ小説を読まなくなってしまいました」
木村「遠ざかってしまった理由は何だったんですか?」
若尾「社会人になってからは仕事中心で一日が回っているから、小説に流れている時間にうまく乗ることができなくなってしまったのかもしれないです。本を読む目的も情報収集メインに変わってしまって…。無邪気に物語を楽しめていた頃の感覚を取り戻したいですね」

処方した本は…『月の客(山下澄人 )』

木村「「久しぶりに小説を読みたい!」という単純なお悩みに対してなら恐らく紹介しないと思うんですが、若尾さんは、言葉を知っていて、言葉を自由にとらえる楽しさも知っている方だからこそオススメしたい一冊があります!」
若尾「〈書かれたとおりに読まなくていい。どこから読んでもかまわない。〉って、すごいですね。帯文からもう惹かれてしまいました!」
木村「背表紙には、〈「通読」の呪いを解く書〉とまである。長編小説としてストーリーラインはしっかりあるのですが、今回は野暮なのでそれも説明しないことにします(笑)。ぜひ、ページを開いてみて下さい。何かに気づきませんか?」
若尾「書き方が自由! 改行の感じが詩集っぽくもあって、こんな風に小説を書くこともできるんですね」
木村「冒頭から結末まで、一度も「。」が打たれていないのも特徴的です。それに、読んでいると「これはいま誰視点で語られていることなんだ?」って、登場人物や時間までが溶け合って、そこに読み手の私まで絡め取られていくような不思議な感覚も味わえるんです」
若尾「言葉でできることってまだまだたくさんあるんですね。創作のインスピレーションも得られそうです」

エピソードその3「いつか絵本を作ってみたい」

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若尾「木村さん!さっき話していた、まど・みちおさんのコーナーがありました!」
木村「ほんとですか!若尾さんの一番好きな詩を教えてください」
若尾「ちょっと待ってくださいね。…ありました!「どうして いつも」という詩です」
木村「〈一ばん ふるいものばかりが どうして いつも こんなに 一ばん あたらしいのだろう〉と締められる。これに小学生の若尾さんが宇宙を見たと。…凄まじい感性です!」
若尾「誰にでも分かるシンプルな言葉で、本質を突いているんですよね。私もこんな言葉を世に残したいです」
木村「そんなことを聞いてしまうと、第二詩集、第三詩集も楽しみになってしまいますが、目下、何か実現させたい目標はありますか?」
若尾「少ない言葉で物事を伝えるというのはずっとやっていきたいことなので、コピーライティングの仕事はもっと力を入れていきたいと思っています。あ、でも私、いつか絵本を作ってみたいなっていう思いもあるんですよ」

処方した本は…『ぼくを探しに(シェル・シルヴァスタイン)』

木村「今日お話をしてきて、「少ない言葉で宇宙の真理をつく」というのが、若尾さんが詩に魅了されたきっかけでもあり、若尾さんの生き様をあらわす言葉にもなっていると感じました。この作品は、限りなく少ないタッチで、いわば人生のなんたるかを描いています」
若尾「絵本の絵が「線画」なんですね! まさに、シンプルな表現にこそ訴える力がありそうです」
木村「完全な円になれないマル(ぼく)が、自分に欠けているピース(相棒)を探す旅が描かれるのですが、「あれでもない、これでもない」と出会っては別れ、自分とは何なのかを知っていくんです」
若尾「絵本って深いですよね。子どもの頃にはそこまで人生を重ねた読み方をしなかった物語でも、大人になるにつれて、「あぁあの物語は、こういうことを伝えようとしていたのかなぁ」なんて気づくことがたくさんあって」
木村「この絵本が私にとってまさにそうでした! 子どもの頃は、「ぼくがんばれー!」みたいに無邪気に応援しながら読んだりしていたんです。でも一緒に歳を重ねていく中で、自分自身が辛い別れを経験した後とかは、開くこともできなかったりしましたね」
若尾「いいお話。私もいつか、子供から大人まで、人の生涯に寄り添うような作品を世に残したい。今回処方していただいた本たちの存在を知って、より言葉の可能性を広く捉えられるようになりました」

対談を終えて。

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対談後、処方した3冊すべてを購入してくれた若尾さん。「どの本も、言葉の選び方や使い方が独特で、自分の仕事や表現にも刺激になりそうです」と話してくれました。若尾さんがつくった写真詩集『汽水』はこちらから。若尾さんが紡ぐ言葉に触れてみてください!

kisuiwater.thebase.in/

撮影協力:〈二子玉川 蔦屋家電〉

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