今のあなたにピッタリなのは? ミュージシャン・塩塚モエカさんのために選んだ一冊とは/木村綾子の『あなたに効く本、処方します。』 LEARN 2021.08.11

さまざまな業界で活躍する「働く女性」に、今のその人に寄り添う一冊を処方していくこちらの連載。今回のゲストは、ミュージシャンの塩塚モエカさん。可愛いルックスとは裏腹に、どことなく “闇” なオーラを身に纏う彼女に、「羊」のことや「文学」のこと、創作活動に関するあれこれを伺いました。

今回のゲストは、ミュージシャンの塩塚モエカさん。

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ロックバンド「羊文学(ひつじぶんがく)」の ギターヴォーカル。孤独や寂しさ、自分の無力さを噛み締めながら、すべての感情に対して“あってもいい”と肯定するような歌詩が素敵! GINZAやBRUTUSなど、マガハの雑誌での登場率が高く、学生時代にはおもしろいアルバイトの経験も…⁉

はじめましての私たち。塩塚さんの意外な経歴が発覚!

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木村綾子(以下、木村)「はじめまして。塩塚さんのことはこの連載の編集さんとも、いつかお呼びしたいね! という話を時折していたんです。お越しいただきありがとうございます」
塩塚モエカさん(以下、塩塚)「こちらこそ、お声がけいただいて嬉しかったです。私のことは何をきっかけに知ってくださっていたんですか?」
木村「「羊文学」という存在を知ったのは5年くらい前で、私が雑誌のGINZAでカルチャーページの連載をやっていた頃です。私は本を担当していたのですが、月に一度、映画や音楽、アートの担当者と顔を合わせて、次はこういうものをピックアップしたい! みたいに話し合う時間があったんですよ。そこで、音楽担当の子が「羊文学って知ってる?」って」
塩塚「嬉しい、そんなやり取りがGINZAで! ちなみにそれ、5年前っておっしゃいましたよね? 実は私、その頃GINZAでバイトをしていました!」
木村&スタッフ「えええ!」
塩塚「編集部のアシスタントとして、週に何度か受付に座っていたんですよ。中島敏子さんが編集長だった頃です。お客さんにお茶を淹れたり、雑誌の発売に合わせて送本の手配をしたり、粛々と働いてました」
木村「そうだったんですね! いや、びっくりです。もしかしたら、私も「プリントアウトお願いします!」なんて、お仕事をお願いしていたかもしれないです(笑)」
塩塚「「プリントアウト」でひとつ思い出したことがあるんですけど。私、いつまで経ってもあのコピー機の使い方が分からなくて。全部カラーで出力して怒られちゃったことがありました(笑)」
木村「可愛い失敗…! ここ数年、GINZAやBRUTUSなどの誌面でも拝見していましたが、出る前は、中の人だったとは」

エピソードその1「自分の生活とクロスした時に、曲になるのかなって」

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木村「バンド名に「文学」が入っていることも、気になるポイントでした。本はお好きなんですか?」
塩塚「好きですね。いっぱい読むってわけではないですけど、父が昔から本だけはたくさん与えてくれていたので、身近な存在ではありました。実家には大きな本棚があって、昔はよく、その前であぐらをかいて詞を書いたりしていたんです。背表紙の言葉をぼーっと眺めながら、目に止まったを本をぱらぱらと捲ったりして」
木村「そうだったんですね。楽曲作りのインスピレーションは、本以外だとどんなものから?」
塩塚「以前住んでいた家は、前に学校があって、窓を開けるといろんな音が聞こえてきたんですよ。空や木も見えたりしたので、そういった景色を感じながら書くことが多かったです。今は、昔見た映画のワンシーンとか、昔聴いた音楽のフレーズなんかを思い出しながら作ることが多いですね」
木村「景色や物語のシーンを創造のスイッチにして、日常や経験と折り重ねて、言葉を立ち上げていくんですね」
塩塚「はい。私の場合は、昨日見たものとかは、すぐに曲にはできなくて。1年くらい前のことを思い出しながらやると、うまくいく感じがあるんです。自分の生活とクロスした時に、初めて曲になるのかなって」
木村「言葉に体重が乗るまでは、安易に表現に落とし込まない。誠実な姿勢だと思います」

処方した本は…『なかなか暮れない夏の夕暮れ(江國香織)』

木村「突然ですが、本を読んでいる最中に、こうやって指をページに挟みながら寝ちゃってた! みたいな経験ありませんか?」
塩塚「あります、あります!」
木村「ああいう時に見る夢ってすごく不思議で甘美なんですよね。物語の続きが夢のなかで進行しているような、自分自身が物語のなかに入ってしまったような、不思議な気持ちになりますよね」
塩塚「はっと目覚めて改めて読んでいたところに戻ると、この物語の先を私は既に知っているかのような錯覚に陥ったり…!」
木村「そうそう。この作品は、そんなふうに本を読む幸福を描いている一冊なんです。ストーリーは、主人公を取り巻く人物の現実世界と、彼が読んでいる海外ミステリーが切り替わりながら同時進行で進んでいく。いわゆる「小説内小説」が挟み込まれているんですが・・・」
塩塚「本を読みながら、本を読んでる人の物語を読めるってことですね。面白い仕掛けですね!」
木村「そうなんです。本を読む主人公。主人公が読む本の中の登場人物。それを読む私たち読者。境目がどんどんあいまいになっていって、脳が揺さぶられるような感覚が、なぜだか無性に心地いいんですよ」
塩塚「江國さんの描く世界観って本当に美しいですよね。実は私、学生の時に朝の電車で『つめたいよるに』を読んでいて、物語に入り込んでしまった経験があるんですよ。はっと我に返るまで気分はすっかり「夕方」になっていて。だからこのタイトルを見たときはビビっときました」
木村「作中には、〈左手の人さし指だけが、まだあの場所にいる〉ってセリフがあります。まさにですね! 本や映画、音楽、街の空気から創作のインスピレーションを得ている塩塚さんにとって、現実と小説のあいだを指一本で行き来するような感覚ってすごく大切なんじゃないかなと思って。この小説をおすすめしたくなりました」

エピソードその2「どうして辛いことを口に出したらいけないんだろう?」

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木村「『羊文学』の音楽には、寂しさや不安、別れなどをテーマにしながらも、その状態を歌うのみにとどめていて、安易な救いや癒しを聞き手に抱かせない部分がいいなって思いました。そういう曲を作る塩塚さんの根っこの部分には、どういった人生観があるのかを伺いたいです 」
塩塚「う〜ん、昔から、気にしやすい性格ではありました。ちょっとのことで、すぐ「えぇ〜」とか言って、グジグジしていましたし。私、中学・高校と女子校だったんですよ。きっと、そこで根が暗くなっちゃった(笑)」
木村「思春期の6年間を女子校で。そこに原点がありそうです。・・・バンドの結成は中学の頃だと伺いましたが、当時から歌詞は自分で書いていたんですか?」
塩塚「はい。最初は自分の愚痴をこぼすみたいな感じで、学校に行きたくない気持ちや、女同士の友情のままならなさなんかを歌にしていました。ちょうどその頃に twitter やブログなどのSNSが流行って、ネガティブな発信を良しとしない風潮が生まれ始めたんですよね。日常をポジティブに発信するのが人に歓迎される的な。・・・でも私は、どうして辛いことを口に出したらいけないんだろう? 無理して前向きにならなきゃいけない理由って何なんだ? っていうのをずっと考えていたんです」
木村「世間が良しとするものへの違和感や反発、自分の中で消化しきれない思いみたいなものが、羊文学の曲づくりの原点になっているんですね」
塩塚「そうですね。当時は誰かのためというより、自分のために書いている曲も多かったんです。嫌な感情が湧いてきたりする時って、「本当はそんな感情やって来てほしくないな」っていう、もう一人の自分もいて、そういう状態が苦しくて。「救いたい、でも救えない」「許したい、でも許せない」みたいな・・・。自分を手なづけられるようになりたいと思ったのも曲作りのきっかけでしたね」

処方した本は…『ナイルパーチの女子会(柚木麻子)』

木村「私は、兄弟の真ん中で育ち、学校も男女比7:3みたいな、どちらかというと男社会で生きてきたんですが、それでもやっぱり女同士の友情関係に悩むことは時代ごとにあったんです。そういうときに手引きとしていたのは、やっぱり本でした」
塩塚「私も、この感情ってなんだろう・・・って思った時、それを本の中に探すことが多いです」
木村「この作品は、同性の友だちができない女二人がブログを介して知り合い、友情がやがて愛憎へと変わっていく最果てまでを描いています」
塩塚「ブログでの出会い・・・。Twitterのコミュニティーに悩まされていた女子校時代を思い出してしまいそうです」
木村「主人公が、ドロドロした感情に冷静さを絡め取られて、狂乱し、社会的なポジションまで失っていくさまは本当にホラーなんですが、自分も何かのスイッチが入ったら、そうなってしまいかねない緊迫感も読んでいて感じてしまうんですよ」
塩塚「自分ならどうする? と、合わせ鏡のようにして読めそうですね」
木村「柚木さんも中・高と女学園で育ったので、女社会や女同士の問題をテーマにした作品が他にもたくさんあります。過去を思い出すものがあったり、予言書のように読めるものなど、いろいろな読書体験ができるかもしれないですね」
塩塚「今はバンドに男の子が一人いるんですが、参考書として、彼にも読んでもらいたいです(笑)」

エピソードその3「聖書のなかの“羊”は、私たちのアイコンとしてぴったりだと思って」

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塩塚「あ、ここは村上春樹コーナーですね!父が好きで、それこそ実家の本棚にはずらっと並んでいました」
木村「村上春樹さんの作品って、羊が重要なモチーフになっていますよね。『羊をめぐる冒険』や『ダンス・ダンス・ダンス』など物語を跨いで「羊男」が登場するし…。「羊文学」の由来って、もしかして…!?」
塩塚「よく言われるんですが、実は全然関係なくって(笑)でも、なんだか申し訳ないと思って読み始めたら、すっかりハマってしまいました。『スプートニクの恋人』は特に好きで、好きなシーンは誦じられるくらいです」
木村「私も春樹作品のなかだと『スプートニクの恋人』が一番好きなんです!は、初めて同じ人に出会いました(笑)。…せっかくなので、「羊文学」の羊の由来も聞いてみたいです」
塩塚「羊というモチーフは、聖書から取ったんです。中高とキリスト系の学校に通っていたので、毎日聖書を読む日課があって。聖書の中で羊は、“神様への捧げもの”という意味合いで登場するんです。私たちの目指す音楽もそういうものでありたいと願いを込めて、つけました」
木村「聖書とは驚きました! そういえば「1999」には、神様が登場しますね。〈だれもが愛したこの街は 知らない神様が変えてしまう〉 という歌詞で。聖書をキーワードに羊文学の歌詞を読み直すと、あらたな発見がありそうです!・・・このエピソード、ファンの方にぜひ届けたい!」

処方した本は…『望むのは(古谷田菜月)』

木村「「羊文学」は、神様や悪魔、夢、見えないもの…など、人や現実ではないものを登場させて、人や現実を瑞々しく歌い上げている印象も大きいです。そこで今日最後に紹介したいのがこの小説なんですが・・・。主人公の家の隣に暮らすおばさんが、ゴリラなんですよ」
塩塚「え、ゴリラ…?」
木村「ゴリラです。ゴリラの秋子さん。あと、高校にはハクビシンの先生がいたりもします。普通に暮らす日常に、ゴリラやハクビシンやダチョウが普通にいる。主人公は、秋子さん(ゴリラ)の息子・歩(ゴリラではない)と一緒に高校に通う、その一年間が綴られていくんですが、15歳という感受性と、さまざまな色をモチーフに綴られる表現が、光と影を描く効果にもなっていて…」
塩塚「色の表現も出てくるんですね! 実は私も、色をイメージしながら曲を作ることが多いんです。それと、15歳っていうと、ちょうど私がバンドを始めた年齢です!」
木村「年齢に対する主人公のこんな恐怖から物語は始まります。〈十五歳。若い人間として生きられる、これが最後の一年だ。〉。15という数字は、若さの終わりを告げる刻限だと語るんですよ」
塩塚「え!!私も15の頃、まったく同じこと思ってました。漠然と、16になったら人生終わりだ、みたいな(笑)」
木村「物語の後半、ある出来事によって世界は色を失ってしまのですが、クライマックスでは再び美しい光景が広がります。そのみずみずしさをぜひ味わっていただきたいですし、この、一見ちょっと不思議と思える世界については、不思議と思ってしまう自分の感覚の出どころは何か?と自問することで、自分が世の中をどう見つめているかのヒントを得られるようにも思います」

対談を終えて。

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対談後、今日の3冊すべて購入してくれた塩塚さん。「自分では選んでこなかった作家さんや本に出会うことができて、とても嬉しかったです。これから読むのがとても楽しみです!」と話してくれました。8月26日(木)には新作のep『you love』が発売予定。柏葉幸子さん原作の映画『岬のマヨイガ』の主題歌も収録されているので是非チェックを〜!

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撮影協力:〈二子玉川 蔦屋家電〉

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